鋸南でカンボジア

2月からアーティストインレジデンスを利用しているキッチンカーアーティストの國信さん。おでんJellyにお友達を連れて来てくれました。


カンボジアでビジネスをしている仲間ということでした。おでんを食べながらいろいろ話をしていると共通の知人がたくさんいることが判明しました。首都のプノンペンにはそれほど大きな日本人コミュニティがあるわけではないので、少しはつながるかなと思って話を始めたのですが、僕のよく知る人が全員の共通の友人であり、鋸南にいながらにしてカンボジアの思い出を鮮明に思い出すことになりました。


カンボジアは、僕が二十歳のときに初めて訪れた国。いま会社名にしている「旅と平和」というコンセプトはその時には未だ全然思いついてもいませんでした。アジアは安く旅ができると聞き、実際にそうだなぁと思ってウロウロしていましたが、その国の歴史を学び、同世代が個人の力では抜け出せないような状態にあると知り、愕然としてしまいました。


ちょっとしたアルバイトで貯めた資金で数ヶ月の旅ができるラッキーな境遇に僕はありました。それは甘んじて受け入れつつ、あまりの格差に対等な関係を築けないことに気づきました。バイクタクシーや屋台で少し仲良くなった人から「フレンド」とか「トモダチ」と呼ばれたとき、境遇の差から本当の意味ではそうなれないことに気付いてしまったのです。


その後、恵まれた境遇を利用して散々旅をして、各地でいろいろなことを考えました。そして、自分なりに結論を出すためにイギリスの大学院で平和学を修め、「旅と平和」を自らのコンセプトとし、自分の会社の名前にしました。パクチーハウスやPAX Coworkingでの繋がりやコミュニティづくりの先には自分のコンセプトがあります。鋸南エアルポルトにもその想いはつながっています。


そういう意味で、カンボジアは今のような僕がある原点でもあります。1995年に2回訪れてから20年近く再訪の機会はありませんでしたが、ずっと気にかけているような。久しぶりに訪れたとき、想像もつかないぐらいの発展に嬉しく思いました。その後、プノンペンシャルソンを開催できたのはとても嬉しかったです。


2015年にプノンペンを訪れたとき、空港で乗ったタクシーの運転手が若くてフレンドリーでした。いろいろ話をして、降り際に名刺を差し出しながら「また呼んでくださいね」と言われました。そういうのは20年前からあったのですが、人柄の良さからなのか、20年前ほどの差を感じなかったからなのか分かりませんが、すごくいい印象を受けました。


数日後、何気なく彼の名をFacebookで検索したら、本人が見つかり、友達になることができました。何度かコメントのやりとりをしました。その後は一度も会っていません。その後Facebookのタイムラインで、彼が結婚した報告を見ました。式に呼ばれたわけではもちろんないですが、公開されている写真をたくさん見て嬉しく思いました。


昨日おでんJellyに来てくれた3のうちの1人から、しばらくして、連絡がありました。「Vくんを知ってるのか」と。Vくんというのが、その時の運転手です。その方は、Vくんをよく知っていて、共通の友達に出て来て驚いたそうです。


26年の年月を経て、「トモダチ」を介してコミュニケーションが取れた。そんな嬉しい鋸南の朝でした。